12時間後はおやつの時間

最近はもっぱら間食を午後5時ごろにとるので、おやつは食べません。
3時は八つ時。


国語のテスト、油断していた。
今朝、バスに乗りながら頭の中で音楽を再生していたら、ふと何かがよぎった。
歌、国語で歌、短歌俳句が範囲の一部。
そして授業で何か1句つくれと言っていた。
ということは2時間後にはしっかりと1句つくらなければいけないということだ。


俳句といえば、中学3年のときに授業で10個ぐらい作らされたものだ。
みんなが1句や2句、丸や二重丸をもらっている中で、適当に量産した私の俳句には1つも丸がついていませんでした。
そのぐらい私のセンスはひどいものがあるようです。
俳句や短歌を作ろうとすると季語が入ったリズムがいいだけの文になってしまう。
深い意味が何もない。
読んだらまさにそのとおり。
そういうものしか書けない。
浅はかな考えだけれど、ある程度レベルの高い人が句を詠むと、それが適当な内容だとしても受け取る側が勝手に深い意味を探し出しているんじゃないかと思う。
高いレベルに行くまでが大変なんですけどね。
松島や、ああ松島や、松島や。
これで評価される芭蕉さんはすごい。


国語のテストに話は戻って。
漢字が思いのほか難しかった。
愚痴の愚が書けなかった。
愚痴の愚は愚民の愚。
かけなかったのが悔しい。
愚がゲシュタルト崩壊しだしている。
崩壊する前におぼえなければ。
与謝野晶子も与射野晶子と書いてしまった。
どうも自分は「さ」と読むところは謝ではなく射を使ってしまうようだ。
そんなに謝りたくないのだろうか。
結果としては誤っているのに。
誰か座布団を。


音楽を聴きながら日記を書いていると時間の流れを忘れてしまう。
これしか書いていないのに20分ぐらい経ってしまっているようです。



明日が登校日である気があまりしない。
テストが終わったのだから休日が来るべき。
なんで先週の火曜日から開始したのだろう。
1週間にしっかりと収めてほしかった。


そして明日はおそらく3教科のテストが帰ってきます。
今日テストがあった国語がその中に含まれています。
漢文が意外と難しく、問題を埋めきったときにはテスト終了時刻1分前でした。
短文を作る問題を書こうとすると、なぜか文を2つ作ってしまう。
話の前後がないと、その用法が果たして本当にあっているのか分からないから不安になって付け足してしまう。
短文なのに長い。
それは本当に短文と呼べるのか。
私には分からない。
何文字以上何文字以下といった制約の中で文を書く問題が嫌い。
考えたものをそのまま解答用紙に書き込み、文字数がはみだしてしまったときのイライラときたらもう絶えられない。
消しゴムをかけるという作業が何かに屈服してしまっているようで、できればテストのときは消しゴムのお世話になりたくない。
もちろん普段の授業でもあまり使いたくない。
紙の質によってはちょっと消しゴムをかけただけで穴が開いたりする。
しかもそういう紙が使われているものに限って、きれいな作図を必要としたり、難解な計算式をつくらなくてはいけない問題、そして文を書く問題と、やたらと消しゴムの出番を増やそうとしている問題を解くプリントであることが多い。
先生による生徒への小さな反抗か。


愚民の愚。
愚か。


おやすみなさい。