まつりじゃないよ、祭りだよ

花火がきれいだった。
あと最近たくさん人が居る場所が怖い。
1回でも人に絡まれるとそういうのがビンカンになるのか、恐ろしい。


嫌いなもの:虫、包丁、集団で集まっている知らない人


なにかちょっとした殺人事件がおきそう。
こわいこわい。



夢の中でもいやなことばかり。
ものすごい後悔の念に襲われるような夢とか。
苦悩し続けて目が覚めたときはもう心臓がバクバクしていた。
まるで何かの主人公。
そしてそれは間違いなく鬱になる物語。



人間はどれだけ暇になろうとも、宿題をやろうとしない。
人間は、の部分に異論が出るかもしれないが、このさい無視する。
宿題をやらない、きっとそれは宿題をリスペクトしているからに違いない。
リスペクトの使い方が正しいかは分からない。
でもとにかく宿題はそういった崇高な、高嶺の花のような存在で、手が届きにくいもの。
だから宿題はすごい、ゆえに手がつけられないということになる。
だから宿題に取り掛からないのは、その存在を卑下しているのではない。
尊敬しているのだ、リスペクトしているのだ。
だから我らは声を大にして言うべきである。
もっとレベルの低い宿題を出せ!と。
そもそもやってないからレベルが低いかどうかも分からないよね、なんて問題は考えない。
頭の外においておくことを強くおすすめする。
そういえば800文字以上書かなきゃならないような宿題があることを思い出した。
下書き書かないと苦悩するハメになる。
でも何を書くか決まってなければ下書きなんか書けるわけもない。
生活をよくすることを何かやって、それを書くという宿題も出ている。
やっつけ仕事になりそうだ。
英語とか国語とかそういうのは聞き飽きた。
塾に言ってもいないのに聞き飽きたというのは何か失礼かもしれない。
でも少ない回数でも聞き飽きることができる、つまり一つ一つの価値が高い、それがリスペクトなのだ。
だからこそ、人は宿題を放棄する。
でも最終週にあせる。
やらなきゃいけないと分かっているのにやらないでいてしまう。
人の心を操るなんて恐るべし、宿題。


これにあと170文字程度足せば800文字のノルマを達成する。
でもこんなの宿題に出せるわけがない。
そもそもこの内容に関した新聞記事を探し出さなければならないのだから、困ったものだ。
推敲?そんなものなど知らない。



おやすみなさい。