運がない日

今朝、いつもどおりダッシュでバス停に向かおうと玄関を出たら、昨日の雨で塗れた折りたたみカサを乾かしておいていたことに気づいた。
カサを手にとってかばんに入る状態にしながら歩いていたのがまずかった。
カサがどこかにぶつかったのかもしれない。
だとしたらそれがきっかけだ。
私の頭に何かが落ちてきた。
それと同時に、耳にクモの巣らしきものがかかった。
蜘蛛の巣ごとき、多少やっかいではあるものの振り払ってしまえばそう気になるものでもない。
でも問題なのは、頭の上に落ちてきたものが髪越しに感じ取れるぐらいの質量を持っていたことだ。
クモの巣とセットで落ちてきたということはつまり……理解した瞬間、カサをたたんでいた手が止まった。
それでも、人間っていうのは相手の姿が見えなければ強気になれる。
たとえそこにどんな生き物が、虫がいようと手で払いのけるぐらいのことはできる。
右手が頭を、髪を払う。
クモの巣と一緒に何かが落ちたような気がしたが、私はそれを見ようとはしなかった。
見たら確実に顔面蒼白になってしまう、そんな気がしたからだ。
しかし私の頭の上に落ちてきた生き物はまだ恐怖を与えたりなかったようだ。
クモの巣を払った右手には当然少しのクモの巣がついてしまう。
それをとろうと右手を見たら、人差し指の爪に、黒い線状のものがくっついていた。
髪の毛、にしては太いし、途中でキレイに曲がっている。
クモの巣と一緒に落ちてくるような生き物の姿を思い浮かべたら、それが何であるかを考えるのはたやすいことだった。
姿の見えない虫は払えても、突然現れた足に触れようとは思えなかった。
それから逃れるため、手を振って落とそうとした。
けれどそれはいくら手を振っても落ちなかった。
恐る恐るハンカチを使って触れてみると、ネバネバとした糸を引いた。
そのことが、とても恐ろしかった。
ヒトは、突然足がネバネバしだして糸を引いたりするようなことはない。
知らないものへの恐怖がふつふつと心の底から湧いてきた。
クモが落ちてくるなんて、不運だ。


ようやくホッと一息ついて、手に持ったカサをたたみ直して、ハッと気づく。
こんなのんびりしている場合じゃない。
普段は90秒ほどの余裕を持ってバスに乗れるけれど、あいにく私には走りながら折りたたみカサを回収した上でクモの巣からもすばやく解放されてバスに乗るなんて器用なマネはできなかった。
悲鳴でも何でもいいから叫びたい思いでバス停へと走ると、バスが停まっているのが見えた。
しかしバスが私の視界に入ったときにはすでに最後の一人がバスに乗り込むところだった。
ダッシュで近づくものの、運転手は後ろから走る私に気づくことなくバスを走らせてしまった。
頭の上にクモが乗ったのに、私はバスには乗れなかった、不運だ。


何もないということは素晴らしいことだと再確認した。



おやすみなさい。